対数収益率の加法性を説明する

最初に、要点を整理しておきます。それは、3点です。

  1. 現実の不便: 運用の成果は「掛け算」で増減するため、足し算(\(+50\% – 40\% = +10\%\))をすると計算が狂う。
  2. 対数の役割: 対数(\(\ln\))は「掛け算を足し算に変換する」という性質を持っている。
  3. 加法性の実現: だから、最初から対数の世界で測っておけば(対数収益率)、複数期間のリターンをただ足し算するだけ(\(\Sigma\))で累積成果が求まる。

数学的なタネ明かしは、高校数学で習う対数の最も基本的な性質「掛け算を足し算に変換する(\(\ln(A \times B) = \ln A + \ln B\))」、ただこれだけです。

1. なぜ通常の収益率(離散)は足し算できないのか?

まず、普段使っている通常の収益率(単純収益率)を考えます。

  • 1年目:株価が 100円 \(\to\) 150円(\(+50\%\))
  • 2年目:株価が 150円 \(\to\) 90円(\(-40\%\))

このとき、2年間の累積リターンを求めようとして、単純に足し算すると間違えます。

\[+50\% + (-40\%) = +10\% \quad \text{(大間違い!)}\]

手元の元本は 100円 から 90円 に減っているので、実際は-10%です。

正しくは、元本に対する「倍率(成長因子)」の掛け算をしなければなりません。

\[\frac{P_2}{P_0} = \frac{P_1}{P_0} \times \frac{P_2}{P_1} = (1 + 0.50) \times (1 – 0.40) = 1.5 \times 0.6 = 0.90\]

「時間は足し算(1年目+2年目=2年間)で流れるのに、収益率は掛け算でしか合成できない」

これが、通常の収益率が抱える計算上の不便さ(非加法性)です。

2. 対数をかぶせると何が起きるか?(数学的背景)

ここで、両辺に自然対数(\(\ln\))をかぶせます。

対数には「中身の掛け算を、外の足し算にバラす」という絶対的な性質があります。

\[\ln(A \times B) = \ln A + \ln B\]

これを先ほどの価格の累積倍率にそのまま適用します。

\[\ln\left(\frac{P_2}{P_0}\right) = \ln\left(\frac{P_1}{P_0} \times \frac{P_2}{P_1}\right) = \ln\left(\frac{P_1}{P_0}\right) + \ln\left(\frac{P_2}{P_1}\right)\]

この \(\ln\left(\frac{P_t}{P_{t-1}}\right)\) という値そのものを「対数収益率(\(r_{\text{log}}\))」と名付けたのです。

すると、式はこう変わります。

\[r_{\text{log}(0 \to 2)} = r_{\text{log}(0 \to 1)} + r_{\text{log}(1 \to 2)}\]

これが「加法性(足し算ができる性質)」の正体です。 難しい連続複利の理論があるから加法性が生まれたのではなく、「掛け算になってしまう資産運用の計算を、対数の公式を使って無理やり足し算で扱えるように定義し直した尺度」が対数収益率です。

3. HP 12c で体感する「掛け算」から「足し算」へのワープ

先ほどの例(1.5倍のあと0.6倍になり、トータル0.9倍)を HP 12c で叩くと、構造がはっきり見えます。

通常の掛け算ルート

1.5  ENTER
0.6  ×          -> 0.90 (トータルで0.90倍。掛け算が必要)

対数収益率(足し算)ルート

各期の倍率を gLN で対数収益率に変えてから足します。

/* 1年目の対数収益率: ln(1.5) */
1.5  g LN       -> +0.4055

/* 2年目の対数収益率: ln(0.6) */
0.6  g LN       -> -0.5108

/* 2年間の合算: 単純に足し算 (+) するだけ */
+               -> 【 -0.1054 】

この合計値 -0.1054 を、指数関数 ge^x で元の倍率に戻してみます。

g e^x           -> 【 0.90 】 (ちゃんとトータルの 0.90倍 に着地する!)

スッキリ整理すると

  • 問題点: 複数期間の資産運用は、掛け算(\((1+r_1)(1+r_2)\cdots\))で計算しなければならず、統計処理や確率計算で非常に扱いづらい。
  • 数学の知恵: 対数の公式「\(\ln(A \times B) = \ln A + \ln B\)」を使えば、掛け算を足し算に変換できる。
  • 対数収益率: だから、最初からリターンを対数(\(\ln(P_t / P_{t-1})\))で測っておけば、期間全体のトータルリターンを「日々のリターンの単純な足し算(\(\Sigma\))」として扱える。

「足し算で累積リターンが計算できる性質の数学的背景」とは、大げさなものではなく「対数の性質 \(\ln(A \cdot B) = \ln A + \ln B\) を利用して、掛け算を足し算にすり替えているだけ」と理解すると、非常にスッキリするのではないでしょうか。