常に「どうなるか」ではなく「どうしたいか」で行動せよ

 

般若心経(人生を強く生きる101のヒント)をもう一度、読んでみよう!

ヒント14の「岐路を選ぶ心」にこんなことが書かれています。

常に「どうなるか」でなく「どうしたいか」で行動せよ
米国で禅が広まる端緒をつくった釈宗園禅師の言葉に次のものがあります。
“機に臨んで譲ることなく、事に当たって再び思う”
つまり、これがやりたいと思ったら、ひるむことなく事に当たり、また、それを成し遂げたら、やりっ放しではなく、もう一度、再確認せよというのです。今の言葉で言えば、plan →do→check→actionのサイクルでことを行なえということになりましょう。
なりよりも大切なことは”何がやりたいのか”という、人生の目的です。それも、あれもこれもでなく、一つに絞るという集中の原則です。そして、いつ、どのように行なうかです。人生はまさに、こうしたいという”仮説”をたて、それを実証する実践の場といえます。
あなたも、こうしたらこうなるだろうという不安定な確率の人生ではなく、こうしたいからこうするという、仮説と実証の人生を歩む人になって下さい。

私もこうありたいとおもいます。

基本変数による影響の度合い

複利計算や割引計算に用いる金利、期間の数といった数値は、ある一定の額を蓄積していった場合、最終的な金額を決定する基本変数となる。以下の項目を、実際に、金融電卓を操作して影響度合いの高さを確かめてください。

  1. 72の法則   2倍にするのにかかる年数=72/1年の金利
  2. 複利計算の期間
  3. 割引率
  4. 期間   複利機関の回数

般若心経の時間価値の捉え方

以下の文章は、 『般若心経 』(人生を強く生きる101のヒント )公方俊良著の中から特に私が考える「時間価値の計算」の重要性を端的に表現したこの文章を是非とも、味わって皆さんに読んで欲しいからです。ここに私の考え方の原点があります。

幸せは過去にも未来にもない、今ここにある(やすらかに生きる)

この世に生まれてきて誰でも言えることのできる最大の財産とは何でしょうか。それはまさに、心やすらぐ時をどれだけ得たかということではないでしょうか。
しかも、いつでもどこでも、ちょっと自らの頭を使うことによって、やすらぐ時を手に入れることができるのです。最大の財産である”時”を楽しみ、しかも誰にも奪われることも、失う心配もないのです。
時という存在は、忙しさに追われ、自己を見失っている人には生じ得ないのです。時は、雑事から解放され、自己を自覚したときにのみ存在するのです。そのとき初めて”時”は全世界に充ちていることが実感できます。これほど充実した時を知り得た人は、果してどれだけいるでしょうか。
時は、頭を使うことによって得られますが、時はまた、気を使うことによって失われるものです。雑事に気を使うということは、自己を見失っているからです。
仏教では、本来の自己を自覚し、全世界に充ちている”時”の存在を認識して、充実した心やすらぐ時を得るために、坐禅をするのです。坐禅によってのみ、本来、去来なき自己を楽しむことができるのです。
『法句経』に、次の言葉が記されています。
「執着があれば、それに囚われて、ものの本質を見ることができない。執着を離れた心になれば、あらゆるものが生きて見えてくる。
悲しみがあれば喜びがあり、喜びがあれば悲しみがある。悲しみも喜びも、善も悪も乗り越えてはじめて、囚われがなくなる。未来を思って取り越し苦労をしたり、過ぎ去った日を思って悔いていれば、刈り取られた葦のように痩せしぼむ。過ぎ去った日のことを悔いず、まだ来ない未来にはあこがれず、取り越し苦労をせず、現在を大切に生きていけば、身も心も健やかになる。
過去を追ってはならない。未来を追ってはならない。ただ今の一瞬を、力強く生きていくことだ。今日すべきことを明日に延ばさず、確実にこなしていくことこそ、よい一日を生きる道である。」
まさに、頭を使っても気を使わず、今の充実に生きることこそ、覚悟の定まった強い生き方といえましょう。
人々は、そのような自分の幸福に期待をかけることをしないで、ただ他人の幸せばかり気にし、しかも空想によってそれを誇大に思い、イライラして生きています。
他人の幸せなど見てもサッと通りすぎ、もっと自分の本当の幸せを願うことです。

なんと素晴らしい文章でしょう‼️

この文章に出会ったのは私の不幸からでした。「今を生きる」という意味<観自在菩薩>を知ることと「時間価値」を知ることは繋がっている真理ではないかと思うようになりました。