常用対数(log)と自然対数(LN)

私はHP12c金融電卓を使うことで対数計算を理解できるようになったと思う。何故か? その理由の話をしよう。

対数の底の違いによって常用対数(log)と自然対数(LN)になるのはご存知の通り、底が10とeの対数なのだが、両者は底の変換公式によって自由に変換が出来る。最初はHP12cにはLN計算しか表示がされていないので、不思議に思っていたのだが、logだろうが、2の底の対数だろうが、LNに変換が可能なので計算できるのです。

すなわち、その数値のlogを求めるには、まず、その数値のLNを計算し、10のLNで割ることで対応することができるということなのです。このことが分かりさえすれば、対数計算は簡単だ! 私に金融電卓の機能が底の変換公式の意味することを教えてくれたというわけなのです。

この説明で皆さんはお分かりだろうか? 一度、金融電卓を使ってみてはいかがでしょうか。

 

12歳の少年が書いた量子力学の教科書

彼が「量子力学を自分のものにしてやろう」と決意したのは9歳のときだが、この頃物理だけではなく様々な学問に興味があったので、本を大量に読み漁っていたそうです。加えて幼少時代から自分の得た知識を他人に教えるのが好きだった。こうした読書好きと説明好きが高じて、次第に自分の本を書いてみたくなったいう動機が述べられています。

また、裏表紙にはこういうコメントが載っている。「10歳の頃には物理学の他にも天文学、歴史、哲学、文学、医学、論理学、経済学、法学などあらゆる学問分野の本を読み漁り(最盛期には年間3000冊)、最終的に量子力学が自分の目指す専門分野であると考えるに至った著者がこの書籍を執筆したのは12歳の時でした。独学で、本だけを頼りに量子力学に挑戦する上で「入門書は易し過ぎ、専門書は難し過ぎ」ということを感じ、その間を埋める、入門書と専門書の架け橋になるような本があればいい・・・という想いを実現したのが本書です。数式を追いながら読めればよいのですが、入門者の方がそこを飛ばして読んだとしても、「量子力学」に一歩迫ることのできる一冊です。」

私は入門者なので、もちろん、数式飛ばしの読書法を試みるしかできなかったのだが、彼の物事を理解しようという激しい情熱がこの本を誕生させたものに間違いはない。高校時代の文系、理数系や私立系、国立系などにクラス編成された教育に対する不満を述べていた自分を恥ずかしく思う。教育とは受動的なものではなく、能動的なもので自分でつかみ取っていくものであることを痛感させられました。

とにかく、生まれて12年でそこまで到達できるものかと驚かされます。この夏、怪談もいいでしょうが、あなたもこの本を手にして冷や汗をかかれてはどうでしょうか?

微分方程式2

身の回りには、その変化についての観察しかできない現象がたくさんあります。私たちは、たった数十年しか生きられないし、それに、1つの現象の観察だけに一生を費やすわけにもいきません。したがって、短い時間内での観察結果から、将来どう推移するかを判断したり、過去がどうであったのかを推測したりする必要が生ずるでしょう。そういうときには、現在どう変化しているかを微分方程式に書き、それを積分して、その変化の結果、将来どう推移するかを計算しなければなりません。そういうわけですから、微分方程式は、物理学や化学の現象を解明するのに使われるばかりでなく、社会現象の解明などにも幅広い用途があるのだということをお話しして、微分方程式入門の結びとしましょう。

上記の文章は『微積分のはなし』(下)大村平著の引用文です。

もう1つの箇所を引用します。

このように複雑な、しかし、身の回りの現象としては、まことにありふれた現象を方程式に乗せて解明しようとすると、ほとんどが微分方程式になってしまいます。加減乗除の四則演算を中心とした代数方程式で表される現象は、私たちの目に触れ体に感ずるもののうち、ほんの限られた部分にすぎません。そういうわけですから、微分方程式は、私たちの実生活を解明するための数学の頂点である、といえるでしょう。微分方程式を使いこなすために微積分があると考えても、おかしくはないくらいです。

同じご本の引用文です。みなさんどう読まれましたか?

わたくしごとで恐縮ですが、「ヘウレーカ、ヘウレーカ!」の心境になった次第です。

「複利」の微分方程式

ある瞬間の現在高に比例して利息が付加されていく場合の総額をx(t)で表わし、

dx/dt=ax

を解いてx(t)の変遷を明らかにすると(上記の微分方程式を解くと)、

xはe(ネイピア数)を底とするat乗の指数関数で表される。

ある物理量の変化率がその物理量の値に比例する現象は「複利」の話だけではなく、自然界には数多く存在するのです。

この変数xとtの関係を「貨幣の時間価値」として計算してくれる金融電卓は私たちに身近なものとして付き合うべきと思っております。

量子力学

この「原子と光の物理学」では、「光は粒子でもあり波でもある」と同時に、私達のこの世界を作っている「物質もまた粒子でもあり波でもある」という常識外れの途轍もない結論を導き出したのです。

量子力学に於いては、「虚数」は最早、想像上の数などではないのです。

本当に不思議なことに、私たちの実際の生活に極めて役に立っているのである。二十世紀、現代の文明の殆どすべては、虚数の働き無しには考えられない。これは信じられないかもしれないが、本当の事である。俗に「事実は小説より奇なり」と云うが、これに倣えば、「物理はSFよりも奇なり」である。以上の文章は『虚数の情緒』(吉田武著)から引用したものです。

上記の著書は「中学生からの全方位独学法」という副題がつけてある通り、なぜ私たちは数学を学ぶのかという疑問に答えてくれる素晴らしい本です。もっと若い時に出会っていたならばと後悔の念に駆られる自分です。

複素数の世界

『イイおっぱいの愛人は一人もいない』という語呂合わせの言葉をご存じだろうか。これはオイラーの公式を忘れないように表現したものだといわれています。オイラーがこの公式を発見したきっかけを大栗先生は、前述に紹介した本の中で述べられています。

また、この公式の重要性に触れられている文章をそのまま引用します。『数学が発達していくと、これまで別々だと思われていたものの間に、思いがけない結びつきが見つかることがある。三角関数は古代ギリシャの時代から研究されていた平面幾何の研究から生まれた。一方、指数関数は、ブラーエの天文学に触発されて、ネイピアが大きな数の計算を簡単化するために開発した。生まれも育ちもまったく異なる2つ関数だが、「空想の数」、つまり複素数の世界では深く結びついていたんだ。数学は人間が自然を理解するために作り出したものだが、いったんできてしまうと、人間の都合とはお構いなしに、自分自身の生命を持って発展していく。今回話した三角関数と指数関数の関係にしても、人間が作り出したものというよりも、オイラーのような探検者たちが、数学の世界の中にすでにあつたものを発見したのだと思う。複素数はもともとは人間が空想した数だったが、人間の住む現実の世界と独立に広がっている数学の世界の中に、確かに存在している数でもある。』

私たちは、数学を、「無機質な論理だけの冷たい世界」と敬遠するのではなく、虚数の実在性を納得することで、まったく、新しい世界に踏み出すことができるのです。

オイラーのもう一つの公式

今回も『超弦理論入門』を参照しています。小川洋子の『博士の愛した数式』(新潮社)で有名になったオイラーの公式は高校数学を学ぶものにとっては一つの大きな峰であろうと思いますが、もう一つの公式が紹介されています。数学者の黒川信重は「滝に打たれたような衝撃である」と評されているそうです。確かに驚きの公式です。

それは1,2,3、・・・と正の数を無限に足していった結果が、マイナスになるというものです。この不思議な公式を発見した数学者が十八世紀のレオンハルト・オイラーでした。皆さんは信じられるでしょうか? 最初、私は目を疑いました。どう見ても「無限大」でしょう!

大栗先生が言っておられるのですが、超弦理論の研究では数学的な整合性が大きな導きの糸になっているとのことです。空間の次元が九であるときに限って、超弦理論に数学的矛盾が起きない。この九という数字をオイラーの公式が導き出すのです。これはあたかも「ユークリッドの公理を仮定すると、三角形の内角の和は一八〇度である」という意味で同等なのだと。純粋に数学的な主張が重力と量子力学を統合する理論で矛盾が生じないことを証明しているとは、まさに黒川信重氏の評そのもののようです。

金融市場にもある「電磁誘導」

この言葉は大栗博司先生の『超弦理論入門』というご本から拾ったものです。これは「電磁気理論」の電場と磁場の間の関係を金融市場での金利と為替の関係に例えて説明されているのですが、私は逆にミクロの世界もマネーの原理(裁定取引)が誘導されていることに驚きを覚えました。

また、「電磁場にも「通貨」がある」とはワイルという数学者が考え出したことで、何か仮想的な通貨があれば、マクスウェル方程式が説明できると指摘したのですが、この仮想的なものとして考えた「電磁場の通貨」の本当の意味が明らかになったのは、その10年後に「量子力学」が完成してからのことだそうです。

つまり、ミクロの世界でも金融為替市場での裁定機会は各国の通貨どうしの相対価値だけで決まるのであって、各国の通貨単位に影響されないという原理が働いているということなのです。「あるものの測り方を変えても力の働き方が変わらない」という原理がゲージ原理です。「ゲージ」とは物差しのように量を測る単位のこと。見方を変えても性質が変わらないことを「対称性がある」といいます。ゲージ原理で物差しを変えるのも「見方を変える」ことになるので対称性の一種です。これを「ゲージ対称性」と呼びます。この文章はすべて上記の本を引用しています。

この考え方が「トポロジカルな弦理論」へと導くキーワードだと私は考えました。先生を含め4人組で研究されていたそうですが、その中の一人はヘッジファンドの重役になっておられるそうです。「マネーの世界」と「ミクロの世界」は相通じるものがあることは間違いないと私は思いますが、みなさんはどう感じられたでしょうか?

「数学の抽象化の力」

今回も『数学の言葉で世界を見たら』を参照します。「数学」は物事を明晰に考える道具であり、また「数学の抽象化の力」は素晴らしいということを知ってほしいと大栗先生は思って、この本を出されていることが文章の随所に現れているので感動します。先生の言葉ですが、「数千年にわたる数学者の努力の跡をたどることは、人類の知の素晴らしさに触れるまたとない機会なので、大切にしてほしいと思う。」と述べられています。

「2次方程式の華麗な歴史」のくだりの中で「3大作図問題」があります。これらを2000年もの年月をかけて数学者たちは解こうと努力しました。ところが、定規とコンパスだけでは作図できないことが証明されてしまったのです。しかし、どうして不可能だなどといえるのだろう? みんなが思う疑問点ですよね。そこで重要になるのが「2次方程式」なのです。この判定基準を明確に述べたのは、人類史上最も偉大な数学者の一人、19世紀のカール・フリードリッヒ・ガウスだとされています。ガウスの発見によって、作図問題は定規やコンパスを使った作業から解放され、ある数が有理数と平方根で表現できるかという問題に昇華され、代数の方法で解くことができるようになったのです。これが「数学の抽象化の力」であると述べられています。

「微分」の概念

『数学の言葉で世界を見たら 父から娘に贈る数学』という本を手にしてみた。著者は大栗博司氏である。世界で活躍されている物理学者で、専門は「素粒子論」と記されている。そういう方が本題にもあるように「父から娘に贈る数学」の本を書いていることに興味がわいた。

読んでみるうちに大栗博士の虜になってしまった感がある。なかでも「微分」の概念の紹介には娘さんにこういう風に話したら解ってもらえるんだなとこちらが納得させられた次第です。

皆さんも是非お読みください!

あの有名なパラドックスのゼノンの時代からニュートンやライプニッツまで2100年以上の年月がかかったと記されている「微分」の概念をわたしたちはひとっ飛びで理解に漕ぎつけることを請け合います。