情報の量とエントロピーは「対数」

対数は「情報の量」を表すのに必要な数の概念なのですが、高校数学まで待たないと、学ぶことが出来ません。

これでは、「情報」が社会には大事だと言われ続けて久しいのに情報の本質を理解できないではありませんか? かく言う私もそうでした。

「情報の量」も計算できなくて「情報」を知ったかぶりして、とやかく言う人が多くいるのも確かです。


これは、「投資」が私たちには大切だと叫んでいる人たちがいるのと同じことなのです。

何故なら、「投資」を勧誘する人たちは、「リスク(標準偏差)」を計算しようともしないで金融商品を選ばせようとするではありませんか。

知らない事をいいことに上から目線で商売が成り立っているのが、我が国の現状です。


日本における「貯蓄から投資へ」のスローガンは「情報のエントロピー」を減少させるどころか、社会に大切な金融環境を破壊し、無秩序を増大させ、私たちに大事なものを考えさせないで済ます体制づくりに寄与しています。


そこで「情報の量」を計算できるようになりましょう! ここでも金融電卓『hp12c』が活躍するから嬉しい!


次回の投稿動画をお楽しみにお待ちください!

『収益率』と『標準偏差』

上記の言葉は、投資を考えるときの基本的用語です。『統計の授業は中学数学でわかる』(涌井良幸 涌井貞美著書)ではデータの特徴を表わす代表値と散布度の説明があります。代表値とは「データの分布の中心を表わす数値」、散布度は「データの分布の広がり具合を表わす数値」とあります。

この言葉が表す通り、データを株価、その株式の「平均収益率(リターン)」を代表値、その株式の散布度を「標準偏差(リスク)」とした場合、中学数学程度の統計の力を借りて株式投資を考えていることに他なりません。

そこで、実際、ある株価の月次収益率のデータを使って、平均収益率と標準偏差を計算してみましょう! 金融電卓「HP12c」で計算を行いますので、次回の投稿のユーチューブ(動画)をご覧ください。

この標準偏差がどうして重要かと言うと大まかな収益率の予測を立てられるからです。ここで、正規分布で考えると、確率約68%で期待収益率±一標準偏差、約95.4%確率で期待値±二標準偏差の範囲内と予想できます。

こちらの金融商品は何々%で有利ですよと勧誘されても、鵜吞みにしたらいけません。勧めた方に必ず聞き返してください。「リスクはどれくらいですか?」と。標準偏差を理解されているあなたは、その数値をわからないまま投資することは、リスクから投資を考える視点が全く欠如していることになるのです。

私が師匠と仰いでいる山崎元先生の言葉を借りれば、

「初級者でも上級者でも大事なことは同じです。投資する前に、まずは幾らまでなら損してもいいかの見当をつけて、その範囲内で投資をしてください」とのこと。

『お金の授業』(山崎元著書)

具体的に、リスクをリターンの標準偏差だと定義した場合、どのような使い方があるかを、『お金の授業』(山崎元著書)で語られています。

金融の世界では、「平均マイナス二標準偏差」を「最悪」の目処として想定することがほとんどです。あらかじめ悪い場合を想定し、「最悪の場合の見当をつける」ということは重要です。

『お金の授業』(山崎元著書)

Financial Well-being

金融教育の目的は、「人のFinancial well-beingを高めること」である。国民を豊かにすることが国策のはずだ。日本国民には目を向けず、我が国の岸田首相は2022年5月5日、英ロンドンの金融街シチィーでの講演において、「Invest in Kishida」と日本への積極的な投資を呼びかけるとともに、貯蓄から投資へのシフトを通じて家計の資産所得の倍増を目指す(資産所得倍増プラン)」とか、「新しい資本主義」のスローガンをかかげてしまった。まったくもって履き違えているというべきで、これでは米英の国家戦略に遠く及ばない。世界は嘲笑しているだろう。「貯蓄から投資へ」は情けない話である。

先日、日本FP協会専務理事伊藤宏一先生の「パーソナルファイナンス教育セミナー」を受講した。先生は故加藤寛先生の愛弟子とも言える人ではなかったろうか? 私の崇拝する高橋洋一先生も加藤先生には経済の道に進まれるとき、助言を頂いた程の方である。

立場は違うだろうが、日本経済の発展、国民生活の向上を願うのであれば、歯に衣着せぬ物言いをしてもらいたい。皆がこれではだめだと思っています。このままでは日本の金融環境は変わらない、国民の生活も向上しない。日本FP協会の「CFP認定者」という専門家が誕生したところで流れに掉さすという状態です。旧態依然の体制のままでは、金融教育の目的は達成されない。

参勤交代

今私が読んでいる本の一節を紹介します。

「私がずっと繰り返し主張している「参勤交代」は、ビッグピクチャーの一つです。都市に住む人に、年間数か月は田舎に住むことを義務付ける。まずは官僚から実践させる。そうすれば日本は確実に変わります。  たとえば、過疎地が変わります。結局、人間が来ない限り過疎地は生きない。それならば人間を行かせればいい。」(『「自分」の壁(新潮新書) 「壁」シリーズ』(養老孟司 著)より)

ここで、言っておられる『ビックピクチャー』とは

「今の政治で気になるのは、どの政党にも大きな構図、ビッグピクチャーがないという点です。言うことが細かすぎる。本人たちは大きな話をしているつもりかもしれませんが、瑣末な話がほとんどです。  だから大して世の中は動かない、変わらないのでは、と思ってしまうのです。」

(『「自分」の壁(新潮新書) 「壁」シリーズ』(養老孟司 著)より)

「根本にビッグピクチャーがありません。「値下げをしたら喜ぶでしょう」「無料はお好きでしょう」というのは要するに、「お金をあげればいいのでしょう」というのと大差がないのです。教育の無償化というのも同じようなものです。」(『「自分」の壁(新潮新書) 「壁」シリーズ』(養老孟司 著)より)

そこで、『ビックピクチャー』の一つとして「参勤交代」を提案されます。

「参勤交代のような「枠」を作ることが政治の本来の仕事だ、と私は思っています。「こういう混乱が起きる」「こんなマイナスがある」とああでもないこうでもないといった意見が出ることはわかっています。しかし、どこが得して、どこが損をするかもやってみないとわかりません。ちょっと乱暴に言えば、ある意味で政治家はそういうドサクサの状況を作るのが仕事なのです。」(『「自分」の壁(新潮新書) 「壁」シリーズ』(養老孟司 著)より)

いかがでしょう! 養老先生の提案された「参勤交代」を今の日本には是非、実現したらと思います。

財務官僚には、

「官僚の頭を変える  官僚との戦いによって明治維新的なことをやる、と言う人がいます。民主党もそうでしたし、今でもそんなことを言っている人はいるのでしょう。本人たちは、大きな構想を語っているつもりでしょうが、実は小さなことです。たしかに官僚を総取っ替えすれば、何にせよ大きな変化が起きるかもしれません。  しかし、そんなことは無理です。仮にやったら、素人ばかりになって何も動かなくなります。今よりも良くなるはずがない。大きな変化がいいこと、とは限らないのです。結局、できることといえば小規模な人事異動程度でしょう。  それならば官僚も休ませるのが一番いい。メンバーの入れ替えが無理ならば、メンバーの頭の中を大胆に変えてしまえばいい。全員の考え方が変われば、メンバーを総取っ替えしたのと同じことです。そのためには、「おまえら二か月、田舎に行って働け」と言えば可能になります。  今でも民間の会社で、ちょっと経験させるといった出向システムみたいなものはやっていますが、あれでは結局オフィスからオフィスに動いているだけだから意味がありません。それよりも山歩きをさせたほうがいい。  特に財務省の官僚のような人たちには、どんどん離島勤務をさせればいいのです。奄美大島でハブを踏んづけないよう気をつけるような暮らしをさせる。そのほうが絶対いい。」

(『「自分」の壁(新潮新書) 「壁」シリーズ』(養老孟司 著)より)

なんと痛快な話でしょうか。養老先生の大ファンになりました。

秒読みに入った日本の決断

何故、岸田首相が「中国」という言葉を使わないのか? 林外相を外そうとしないのか。

この状況証拠が物語る。この「ユーチューブ」を是非、見てほしい!

「円安」という神風が吹き荒れている今を絶好のチャンスと捉えて日本の舵を斬ろう!